自分の考え

自分の考えを押し付けた善意で否定された時の思考法

皆さんは誰かに自分の考え、将来の夢、人生の歩み方を押し付けた善意で否定されたことがあるでしょうか。自分の考えを否定されると行動に移すハードルが上がる気がしてしまいます。今回は自分の考えを押し付けた善意で否定された時の思考法について考えていきます。

自分の考えを行動に移すための考え方

自分の考えを押し付けた善意で否定されると行動に移すのをためらってしまいます。

また、成功するかどうかは行動するかどうかなので押し付けた善意は悪意となんら変わりありません。

例えば、芸能人になりたいと思っている人が勉強をして学校に行き就職した方が良いと自分の考えをを押し付けた善意で否定されたとします。

このように押し付けた善意で自分の考えを否定されてしまうと、芸能人になりたいと思っている人は勉強をして学校に行き就職した方が良いという意見を跳ね除けて芸能人になるという選択肢を選ばなければなりません。

芸能人になりたいという考えを否定されなかった場合、次に考えることは芸能人になるためにはどうしたらいいのかということになります。

一方で、勉強をして学校に行き就職した方が良いという押し付けた善意で否定された場合、次に考えるのは勉強をして学校に行き就職した方が良いのか芸能人になった方が良いのかということになります。

見て分かるように芸能人になる考えを否定されなかった場合は、芸能人になる考えを否定された場合より早い段階で芸能人になる為の行動を起こすことが出来ています。

このため、どちらの方が良いのかと不安になるのではなくやりたい方を選びすぐ行動を起こすことで、否定された場合でも否定されなかった場合と同じくらい自分の考えた目標に近づくことができると考えられます。

一方で、自分の考えを押し付けた善意で否定されたが、自分の考えを選び行動に移した人は否定されなかった場合に比べて成功しなければならないというプレッシャーが大きくなってしまいがちです。

自分の考えを否定されなかった人は目標に向かって一直線に行動を起こしているのに対して、自分の考えを否定された人は目標に向かって行動を起こす際に押し付けた善意を跳ね除けて人生の選択をしなければならないです。

当然、人生の選択肢をするということは選ぶ選択肢と選ばない選択肢があるわけで、選んだ選択肢で成功出来なかった場合、選ばなかった選択肢を肯定することに繋がりそれは跳ね除けた押し付けた善意を肯定することに繋がると考えてしまいます。

ここで重要なのは、自分の選択肢が押し付けた善意よりも正しかったことを証明することが自分の行動の目的になってしまうと自分の人生を生きていく選択肢を選んだのに結局、他人の人生を生きることに繋がってしまうということです。

他人の考えが正しいか間違っているかを考えるのではなく、自分が何をしたいかを考えて生きていくことが自分の人生を生きるために重要なのではないかと考えられます。

また、本当に賢い人達というのは自分の考え、将来の夢を語った際にやってみないと分からないから挑戦してみれば良いと語ってくれます。